ミルキーウェイ

いまの時代にあえてネットで発信する理由はどうしても伝えずにいられないことを伝えるためだと思います

ツイッターを長年使い続けることの危険性

私がTwitterを始めたのは2009年の8月でした。このころ始めた人は多いと思います。ものすごく流行した年です。

その前にネットで何をしていたのかの記憶が薄くてよく思い出せない、という話をよく聞きませんか。私も当てはまります。

これってあまり笑えないことなんじゃないかと、ふと考えてしまったり…。

よく漫画やアニメを二次元といいます。実写映画は三次元です。3D映画は3Dで、3DSも3Dで、最近はほかにVRがあったりして、少し比喩的なニュアンスで使われるものです。

そういう意味で小説は一次元です。いや、ページは平面だし本には厚みがあるよ、と思われるかもしれません。ライトノベルだったらイラストもあります。なので実写映画を3次元というように比ゆ的な部分もあります。

しかしパソコンだったら「*.txt」というファイルは一次元です。見やすいように折り返しているだけで、改行という文字を含んだ線のデータです。1文字目から最後の文字まで順番に読んでいけます。

もしものすごく長い紙やディスプレイがあったら、まっすぐ1行で表示しても問題ないものです。

Twitterには画像や動画があったりリプライ・リツイート機能がありますけど、よく考えたら140文字のテキストが主なのでこれも一次元のメディアじゃないでしょうか。1行で表示可能です。

人間の「思い」というのは一次元なはずがないです。最低でもノートに書けば2次元だし、3次元に収まるかもわかりません。

TwitterのTLに向かって考えを巡らせながら文字を打つという行為が少し危ないことに思えます。

もちろん結果を文章にして発信するのはいいですが、その過程でツイッターを使うのは問題な気がします。

同じ理由で原稿用紙に1マス目から文字を埋めながら考えてもうまくまとまらないものです。原稿だったら何度か書き直すけどツイッターは言いっぱなしです。

前にマインドマップという方法が流行ったけど、ツイッターではマインドマップによる気づきみたいなのが一切見えなくなってしまうかもしれません。

ならブログも一次元のメディアじゃん、と言われそうですが、たしかにそうです。

でもブログは内容を考えながら1行目から順番に書いていくことは基本的にないですし、最初と最後を行ったり来たりしながら内容を決めていくので、少し違います。

Twitterは程々に使うか、他のツールも並行して使っていきたいです。